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#2「小高い丘のロマンと、つわものたち」

齊藤 寛 2008.05.21
今は福岡の代表的な公園「大濠公園」
今は公園となった福岡城跡
石垣が当時の城の面影を残します
「鴻臚館」が復刻されました
福岡城の旧天守台から望む福岡市内とヤフードーム
現在の福岡の中心街「天神」から程近い「舞鶴公園」「大濠(おおほり)公園」あたりは、
遠い昔江戸時代の城下町として栄えた当時の福岡の中心地。
その片鱗を、丘陵にある福岡城址の石垣の一部が歴史のロマンとして感じさせてくれます。



江戸時代の初め、備前国福岡(現在の岡山県瀬戸内市に現存する地名)という小さな村が発祥の地である
黒田氏が52万石の大名として、この地を統括しました。
そしてここに城を立て、黒田家の故郷の地名をとって「福岡城」としたのが、福岡の地名のルーツです。
この城は、別名「舞鶴城」と呼ばれ、現在ではその跡地がそのまま公園の名前になっています。
そしてそのとなり大濠公園は、福岡城の池状の堀(大堀)があった場所で、明治以後公園として整備されました。



さらに大昔、大和朝廷の時代です。
ここには当時日本第二の都であった大宰府を訪れる外国の要人を接待する迎賓館、
すなわち「鴻臚館(こうろかん)」が実在していました。
長い間、現在の博多駅周辺に存在したという説がありましたが、
1987年の発掘で、ここ舞鶴公園内に確かに存在したことが明らかになったのです。 
それは当時この場所にあった野球場の外野席改修工事中に偶然見つかり、当時大騒ぎになったものです。
なんか歴史の話になってしまいました。
言いたいのは、この地に伝説的ロマンが、実はもう一つあったということです。



この場所にくると、約50年前の伝説を思い出すオールドファンの方も多いのではないでしょうか?
ここは、まさに「兵(つわもの)どもの夢のあと」野武士獅子軍団と言われたチーム
「西鉄ライオンズ」の壮絶な戦いのロマンがつまった場所でもあったのです。
その本拠地だった平和台球場。87年の外野席改修工事の時、偶然見つかった大和時代の遺跡「鴻臚館」。
発掘調査優先のため、残念ながらその今は取り壊され昔の面影はほとんどありません。

ここ、福岡城址の丘は、
なにか歴史のながれの糸が結びつきあったあった場所のような気がしてならないのです
















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