モデルコース

博多発祥の地をめぐる歴史体感コース

博多発祥の地をめぐりOLD&NEWな博多を満喫するコース

JR博多駅から北側にかけて広がるエリア「博多」には、
古くから、博多の歴史や文化を支えてきた神社仏閣や旧跡が多く点在します。
博多発祥の地をめぐり、博多の今昔を体感する情緒たっぷりのコースです。
  • 出発地:博多部歴史(博多区)
  • 所要時間:150分
櫛田神社・博多町家ふるさと館前「ぐりーん」バス停【3番】

博多の総鎮守「櫛田神社」と、福岡・博多の歴史や文化を
体感できる「博多町家」ふるさと館は、バス停のすぐ目の前。

櫛田神社の境内では、1年中、博多祇園山笠の豪華な飾り山を見学できる。
バス停周辺には「承天寺」や「東長寺」といった古刹や、
博多の伝統工芸品・博多鋏や博多人形などの店もある。

承天寺

臨済宗東福寺派で、山号は萬松山。開山は聖一国師(円爾弁円)によるもの。仁治3年(1242)宋出身の貿易商・謝国明が創建し、寺蔵の釈迦三尊像(鎌倉期)、禅家六祖像(鎌倉期)、銅鐘(高麗時代)は国の重要文化財に指定されている。昭和50年(1975)、韓国の新安沖海底引揚げの沈没船から子院釣寂庵の銘のある木簡が発見され、対外貿易への関与が証明された。さらに、博多織の祖として伝えられる満田弥三右衛門の墓や、延宝2年(1674)に博多の商家・谷宗理が桜井神社から買い取って、承天寺に寄進・建立した鐘楼もある。


<<饂飩蕎麦発祥之地の碑(うどんそばはっしょうのちのいしぶみ)>>
承天寺開山の祖・聖一国師は嘉禎元年(1235)に宋へ渡り、艱難辛苦の末に禅の大法を修め、仁治2年(1241)に帰国。この時、仏法の教義以外にも、さまざまな宋の文化を我が国へ伝えた。その代表的なものが、うどん・そば・羊羹・饅頭などの製法である。

<<博多山笠発祥之地の碑(はかたやまかさはっしょうのちのいしぶみ)>>
博多祇園山笠は福岡市を代表する祭りで、現在は博多区の櫛田神社を中心に行われている。その起源には仁治2年(1241)博多に疫病が流行した時、国師が施餓鬼棚に乗り、それを棒で担がせて祈祷して廻り、病魔を退散させたことに由来するとの説がある。したがって、今日でも承天寺の門前に清道を設けて山笠が巡るのは、その言い伝えによるものとされている。

妙楽寺

臨済宗大徳寺派で、山号は石城山。東長寺東側の南北に走る小路奥にある。正和5年(1316)、大応国師(南浦紹明)の法弟・月堂宗規の開基。石城は元寇防塁にちなむ博多の異称。草創の寺地は博多湾岸の沖の浜にあり、遣明使一行が宿泊するなど対外交渉の一拠点になっていた。天正年間(1573~1591)に焼失し、初代福岡藩主・黒田長政の入国後、現在地に移転した。江戸初期の貿易商人・神屋宗湛の墓もある。

東長寺

真言宗九州教団の本山で、山号は南岳山。本尊は弘法大師(空海)。寺伝では大同元年(806)、唐から帰国した弘法大師が、密教東漸を祈ったと伝えられている。弘法大師創建の寺としては日本最古で、当初は海辺の地にあったが、福岡藩二代藩主・黒田忠之によって現在地へと移った。墓地には二代・忠之、三代・光之、八代・治高の墓がある黒田家の菩提寺となり、300石の寺領と山林15万坪の寄進がなされた。現在は市指定の史跡にもなっている。寺蔵の千手観音菩薩は平安時代の作で、槙材一木に彫られている。高さ87cmの小像であるにもかかわらず、重量感に満ちた仏像で、明治時代に国宝の指定を受けている。

詳しい情報ページ
六角堂(ろっかくどう)
輪蔵と覆屋からなる六角堂は形態的・機能的に優れた仏殿で、市指定の建造物。天保13年(1842)に博多在住の豊後屋栄蔵(万歳楼袖彦)が、名古屋以西の商人より財を募って名古屋の堂宮大工・伊藤平左衛門を招いて建立・寄進した。中の六角形の厨子扉には、当時の文人・墨客の書画を蔵している。開帳は毎月28日。

福岡大仏(ふくおかだいぶつ)
昭和63年(1988)より彫刻が始まり、4年の歳月を経て完成。高さ10.8m、重さ30t。木造(檜)坐像では、日本一の大きさの大仏である。16.1mの高さをもつ光背は7仏や13仏も彫られ、後壁面には5000もの小仏が祀られている。その横には宝物展示室もある。

龍宮寺

浄土宗。開山は谷阿上人。開基年不詳。当初は袖の湊の海辺にあり、浮御堂と称していたが、貞応元年(1222)に海中より人魚が出現した際に国家長久の瑞兆と占われた。その人魚を寺内に埋葬したことにちなんで、寺名を龍宮寺と改称。また、この時朝廷より下向した勅使・冷泉中納言の姓をとって、冷泉山と号するようになった。文明12年(1480)、正風連歌を確立したことで有名な宗祇が、この寺に寄寓し「秋更けぬ 松のはかたの 奥津風」と歌に詠んだことで知られている。

鹿島本館

数寄屋造の茶室をそのまま客室にしました。博多の名所櫛田神社の参道に古くからあり、永年の間「味とやすらぎ」を大切に博多の伝統と情緒を守り続けて参りました。アットホームな雰囲気のお宿です。博多駅へ徒歩12分、キャナルシティ博多や中洲にも徒歩5分とフットワークの良さも自慢です。

客室数:25室 【大広間】

50名収容の大宴会場

【会席料理】

当館料理長自慢の会席料理

【日本庭園】

博多の街中とは思えない閑静なたたずまい

「博多町家」ふるさと館

博多に来たなら、博多文化をに触れてみんしゃい。櫛田神社向かいにあるここは明治・大正時代の博多の暮らしと文化を広く紹介する施設だ。明治時代の町家を中心に、展示棟では「博多っ子文化」の博多祇園山笠をはじめ、博多弁講座や古き良き時代の博多のミニチュア町風景が楽しめる。博多の伝統工芸も実演しているので、ぜひ寄ってほしい。

櫛田神社

博多の総鎮守として、「お櫛田さん」の愛称で広く市民から親しまれている神社。祭神は大幡主命(櫛田宮)・天照皇大神(大神宮)・素戔鳴尊(祗園宮)。天平宝字元年(757)、人皇第四十六代・孝謙天皇の御代。平清盛が博多を日宋貿易の拠点港とした平安末期に御託宣により鎮祭され、この櫛田神社は伊勢松坂の櫛田神社を勧進したものだと考えられている。当社に奉納される博多祇園山笠は、博多の夏の風物詩として全国的にも有名。境内には「櫛田の銀杏」が葉を繁らせ、その根元には2点の蒙古碇石がある。

博多川端商店街

博多でもっとも歴史がある商店街。「イニミニマニモ」や「博多座」から、「キャナルシティ博多」、「櫛田神社」までをつなぐ約400mのアーケード通りには、約125店舗が軒を連ねている。商店街の中にあるイベント広場には、博多祇園山笠の飾り山も展示されて、金・土・日曜やイベント時には、川端ぜんざいも味わえる。夕方5時には、完売するため、早めに行くのがオススメ。また、博多人形や博多名物といった博多みやげ店をはじめ、山笠グッズを集めた店、玄界灘の幸や人気ラーメン店もあり、博多散策の定番コースだ。

鈴懸

2008年7月に下呉服町から移転オープンした博多の老舗。

「鈴乃最中」などの和菓子が並ぶ販売スペースの隣には、
新たに喫茶室も併設されている。
四季折々を表現した繊細な和菓子をはじめ、ナポリタンやカリーライスなど
昔なつかしい洋食も楽しめる。

博多座や福岡アジア美術館そばにあるため、
舞台観劇や美術鑑賞の後に立ち寄るのもいい

福岡アジア美術館

博多リバレイン内にある、アジアの近現代の美術作品を
系統的に収集し展示する世界に唯一の美術館。

「福岡アジア美術館」はアジア21カ国・地域の美術作品約2300点を所蔵・展示。
作品展示だけにとどまらず、アジアのアーティストを招いての制作やワークショップなども行っている。

また、ミュージアムショップには、オリジナルグッズや関連出版物、
アジア各国の多彩な小物や調度品など魅力的な商品が豊富だ。

渡唐口

博多は、古くから海外との貿易を行い繁栄してきた商人の町。
中世の博多は、今よりずっと海が内陸に入り込み、大きな船が接岸できた。

渡唐口には、大陸と行き来した船が接岸し、
貿易で財を成し得た商人・博多豪商が生まれ、博多の街を闊歩していた。
遣唐使もここから旅立った。

山笠用品 ハンダ

博多でも希有な存在、博多祇園山笠用品専門の店。

ここでは、山笠に参加する大人や子どもの衣装が、
法被をのぞいて、勢ぞろいする。

山笠を舁くのに欠かせない舁き縄など手作りの品も
ずらりと並んでいて、見ているだけでもワクワク!

博多観光のお土産にピッタリの山笠グッズもたくさんある。


石村萬盛堂 銘菓鶴乃子

明治末期、鶏卵素麺製造過程で残る大量の卵白に目を留め舶来のマシュマロ技術を導入し生まれたのが「銘菓鶴乃子」。上品な甘さの黄味あんを、ふんわりとした卵白で作ったマシュマロで包み込んだ、やわらかな歯ざわりが人気のお菓子。マシュマロデー(ホワイトデー)の発案者は同店三代目・石村善悟氏。創業以来の伝統を守り続け、ひとつひとつに石村萬盛堂の真心がこもった品質と味だ。