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検索結果 [41-60/245件]
- 紅葉八幡宮
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福岡市早良区高取1-26-55
筑前三代藩主・黒田光之が早良郡橋本村にあった小さな社を西新の地に移したもので、藤崎商店街から南へ少し入った所にある。西新の町はこの神社を中心に発展したとされる。大正4年(1915)、現在地の高取1丁目に移転。その名の通り境内にはモミジの木が多く、境内地の内、2000余坪を紅葉山公園としている。秋にはモミジ...
- 光雲神社
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福岡市中央区西公園13-1
筑前黒田藩の藩祖・黒田如水と初代藩主・長政の親子を祀る神社。その名前はふたりの法名から一字ずつを取って付けられたもの。元々は福岡城内本丸天守台の下に作られた神社だが、明治4年(1871)の廃藩置県により黒田家が東京に移転した際、現在の警固神社近くに移転。その後、西公園山頂へと移った。近くの展望台からは...
- 福岡藩主黒田家墓所
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福岡市博多区千代4-7-79(崇福寺内)
黒田家の菩提寺だった崇福寺の境内。藩祖・黒田如水、初代・長政、四代・綱政、六代・継高、七代・治之、九代・斉隆の歴代藩主とその一族、また直方藩主などを中心に祀っている。昭和25年(1950)に改葬工事が行なわれ、二十数基あった石塔は如水などの一部を除き廃された。現在は12基の石塔が残されている。福岡藩の歴史遺産...
- 謝国明の墓
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福岡市博多区博多駅前1丁目
日宋貿易で活躍した謝国明は宋出身の帰化人で、櫛田神社周辺に住んでいた。また、小呂島を領有し、「船頭」「綱首」と呼ばれていたところから、船頭を兼ねた資産家の商人だったとみられる。仁治3年(1242)に承天寺を創建し、宋から帰国した聖一国師(円爾弁円)を迎え開山した。御笠橋手前、クスノキの大木の梢の下に、...
- 水鏡天満宮
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092-741-8754
福岡市中央区天神1-15-14
九州最大の繁華街「天神」の地名は、天神様を祀るこの神社に由来。
建ち並ぶオフィスビルの谷間にひっそりと建つ水鏡天満宮は、
天神様こと学問の神様・菅原道真を祀っている。
大宰府に左遷された菅原道真が、
憔悴した自分の姿を川面に映したことからこの名がついたと言われている。
当初は今泉にあったもの...
- 義士祭 陽流抱え大筒
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092-541-2348
福岡市南区寺塚2-22-3
福岡市南区の興宗寺では、赤穂浪士47義士の冥福を祈り、討ち入りの12月14日に武士道の精神を称える義士祭を行っている。披露されるのは、福岡藩に伝わる黒田伝承の武技のひとつ、手に抱えて撃つ「陽流抱え大筒」だ。引き金を引くと大音響が鳴り渡り、思わず見物人が身をすくめるほど。また、引き金を引く方にも激しい反...
- 博多祝いうた(祝いめでた) と 博多手一本
- 福岡(博多)では、コレをしないと締まらない。という人も多い「博多祝いうた(祝いめでた)」と「博多手一本」。江戸時代に始まった慣習だが、今でも祝いの席や祭り・物事の節目に欠かせない存在だ。最も有名なのは「博多祗園山笠」追い山(7月15日)の一番山笠櫛田入りのシーン。緊張と興奮の最中に全員で歌う「博多祝...
- 辛子明太子
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福岡お土産品の「顔」ともいえる定番中の定番。
スケソウダラの卵を唐辛子に漬け込み、じっくりと熟成させたもので、各社その味にはこだわりと自信をもっている。さわやかな辛さとコクのある旨みが特徴で、お酒の肴としてもごはんにも合う、食欲を刺激する逸品だ。パスタやピザなど洋食の食材としても親しまれている。
- 水炊き
- およそ100年の歴史をもつ福岡の代表的な郷土料理。骨付きの鶏肉でじっくりダシをとったスープで食べる鍋料理。鶏の旨みが溶け込んだスープはあっさりとしていて、そのまま飲んでもとても味わい深い。食べ慣れた人はまず最初にこのスープだけを好みで塩を少々足しながら味わう。次に鶏肉、キャベツと箸を進め、最後に...
- もつ鍋
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牛の小腸や大腸など内臓のことを「もつ」と呼び、カロリーは低いが栄養価の高いという特長を持つとてもヘルシーな食材。福岡では鰹や昆布などでとったダシに醤油や味噌で味つけし、ニンニクを効かせたスープに「もつ」やニラ、キャベツを入れ、鷹の爪(唐辛子)を加えて煮込み賞味する。
一度食べるとやみつきになって...
- おきゅうと
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江戸時代から博多の庶民に親しまれてきた食材で、朝の食卓には欠かせない伝統の味。
海藻の「おきゅうと草(エゴノリ)」をさらして水煮し、薄く流して固めたもの。それを短冊状に切り、ポン酢やゴマ醤油など、好みのタレをつけて賞味する。ツルツルっとした食感がたまらない、ごはんにピッタリな逸品。
- あぶってかも
- 磯に釣りに行くと群れをなして餌をつついてくる小さな魚を見ることがよくある。スズメダイと言われるこの魚、火に炙ってから噛む(食べる)ととても美味しい。博多地方ではそこから「あぶってかも」という方言が生まれた。港町博多では、昔も今も庶民の味として人々に親しまれている。
- 博多ラーメン
- 誰もが知っている博多名物の頂点。旨みたっぷりの白濁した豚骨スープに、コシのある細麺が特徴。細かく刻んだネギと薄切りの焼き豚を乗せて賞味する。好みで加える紅ショウガ、ゴマ、コショウもスープと麺によく合う。細麺なので、のびる前に一気に食べるのがおすすめ。残ったスープに麺だけをお代わりできる「替え玉」...
- 屋台
- 福岡・博多の夜を彩る名物・屋台。終戦直後、荒廃した町並みに次々と現れた、簡素な移動式飲食店がその始まり。現在では福岡市内に190軒もの店が営業している。屋台ではラーメンや天ぷら、おでん、焼き物など様々な料理が食べられる。近代的に整備されていく街の風景とは対極的で、のれんをくぐれば昭和の香りが漂う別世...
- 高取焼
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黒田如水・長政親子が文禄・慶長の役の折り、朝鮮の八山(高取八蔵重貞)という良工を見出し、筑前国へ連れ帰って開窯させたものが高取焼の起源。
遠州七窯のひとつに数えられ、気品に満ちた端正な形状と釉薬の微妙で繊細さが人々の心を捉えて離さない魅惑的な焼き物だ。福岡市無形文化財に指定されている。
- 博多織
- 760年もの歴史を誇る博多の伝統工芸。鎌倉時代の博多商人・満田弥三右衛門が、宋の国から持ち帰った織物の技術に独自の工夫を加えて発展させたものがその始まり。のちに黒田藩の特産品として大切に保護育成され、全国的にも有名な織物となった。近年は、伝統の柄を身近なものに取り入れたデザイン性に富んだ作品も多く発...
- 博多ちゃんぽん
- 博多の伝統ガラス工芸品。管の先を吹くと「ちゃんぽん、ちゃんぽん」という音がすることから名付けられた。毎年9月に行われる筥崎宮の放生会で売られる巫女たちの手描きの「博多ちゃんぽん」は多くの人が買い求めにやって来る。博多に秋を告げる初秋の風物詩となっている。
- 博多鋏
- 日本で最初の鋏は、今から約700年前、南宋の帰化人・謝国明が博多に持ち帰った鋏で「唐鋏」と称されたもの。幕末の頃、博多の刀鍛冶師・安河内卯助がこの「唐鋏」の製作に取り組み、世に出したものが「博多鋏」の始まり。古くから博多区を中心に作られてきた和鋏には、左右の足に菱紋が刻まれているのが特徴だ。
- 博多曲物
- 博多曲物の起源は諸説あるが、江戸時代より盛んに作られ始め、福岡市の筥崎宮の神具として、古くから奉納されてきた。杉や桧の薄い板材を曲げて作られた飯びつや弁当箱などの生活用品は通気性に富んでいてごはんがおいしく感じると、多くの人々に愛されている。茶道具もおおく作られており、今も珍重され続けている。福...
- 博多人形
- 17世紀の初め、福岡城築城の際、瓦師・正木宗七が瓦用の粘土で人形を作り、藩主黒田長政に献上したものが起源とされる。その後、文政年間(1818~30)に中ノ子吉兵衛が素焼きの彩色人形を創案し、それが博多人形の原型になった。優雅な曲線と豊かで繊細な表情が多くの人々の心を捕らえ、明治時代にはパリなどの国際的な...
























