金印に関するところ

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検索結果 [1-5/5件]

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  • しかのしま資料館
  • 092-603-6631
    福岡市東区勝馬(「休暇村志賀島」内)

    志賀島といえば金印発見の地。「休暇村志賀島」本館にある「しかのしま資料館」では、金印の模型をはじめとする考古資料が見られる。展示テーマは「志賀島の歴史」「無形文化財」「万葉集と志賀島」「元寇と志賀島」「志賀島の産業」に分かれ、農具や漁具などの民俗資料も陳列。志賀島に遊びに行ったらぜひ立ち寄ってみ...
  • 福岡市博物館
  • 092-845-5011
    福岡市早良区百道浜3-1-1

    福岡タワーを背にして建つ、ハーフミラー貼りの博物館。
    ここの総合常設展示室に国宝「金印」があるのだ。
    金印レプリカは大人気のお土産グッズ。
    また、国産最古の自動車が博多生まれと知れば、ちょっとしたトリビアだ。
    他に企画展示をしている4つの部門別展示室と巡回展などを開催する特別展示室、
    アジア各国...
  • 金印公園
  • 福岡市東区志賀島

    天明4年(1784)、志賀島の農民甚兵衛が、大石の下から「漢委奴國王」金印を発見したと伝えられる所。
    能古島の也良岬を対岸に望む公園の入口には、「漢委奴國王金印発光之処」記念碑が建ち、園内には志賀島を中心とした古代の地図や福岡の地と関係の深かった中国の古代史家で文学者でもあった郭沫若の詩碑などが建立さ...
  • 浄満寺(亀井南冥・昭陽の墓)
  • 福岡市中央区地行2-3-3

    寛保3年(1743)、医家の子として生まれた亀井南冥は、上方に遊学し、医学を山脇東洋の高弟・永富嘯庵に学んで帰国。21歳で朝鮮通信使と詩文の応接をなし、世間の人々を驚かせた。天明4年(1784)、藩校甘棠館の創設に伴い館長に迎えられて多く人材を育成し、志賀島から金印が出土したこの年に、『金印弁』を著してその保...
  • 西学問所跡
  • 福岡市中央区唐人町3-2

    天明4年(1784)、福岡城下に創建された藩校・甘棠館の跡。学館長・亀井南冥は、徂徠学派の儒医。「独看」という生徒の自主・自発の学習を重んじ、その学派は朱子学派の修猷館と相対した。寛政10年(1798)に学舎焼失し、寛政異学の禁と相まって廃校となった。広瀬淡窓など幾多の人材を輩出し、東学問所の修猷館と並んで称...
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