遺跡

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  • 有田遺跡群
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    福岡市早良区有田・小田部

    現在の有田・小田部地区にまたがる複合遺跡。昭和40年代から行われた発掘調査により、古くは石器時代から近世までの遺跡であることが発見された。長径300m、短径200mの大きさを誇る、弥生時代はじめ頃の環濠が目玉で、濠断面はV字形になっている。長い間、早良平野の集落の拠点であったことを表している。有田東公園と...
  • 板付遺跡
  • 092-592-4936(板付遺跡弥生館)
    福岡市博多区板付2〜3丁目

    国指定の史跡で、稲作を行っていた集落跡では国内最古。標高11〜12mの低台地上に集落を設け、東西の沖積地を水田としていたと考えられている。集落には断面がV字形の環濠をめぐらし、周囲を水田の用水路をかねた溝が取り囲んでいた様子がわかる。集落と墓地、水田が複合する、弥生文化を知る上できわめて重要な遺跡だ。
  • 今宿五郎江遺跡
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    福岡市西区今宿(今宿小学校)

    今宿小学校を中心に、東西250m、南北300mに広がる集落跡。時代は弥生時代後期のもの。遺跡の中央には谷状の溝があり、北側(小学校部分)には弥生後期の環濠集落、南側は弥生中期から集落が営まれたとされ、海と高祖山の水田を中心に生産活動を行った有力集団の集落跡と考えられている。今宿小学校正門に説明板がある。
  • 今山遺跡
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    福岡市西区横浜2丁目

    国指定史跡。糸島平野の東側にある、標高約80mの小高い山。かつては玄武岩という石で作られた「太型蛤刃石斧」(ふとがたはまぐりばせきふ)という石斧の産地であり、遺跡からは石斧を作る道具がたくさん発見されている。今山産の石斧は北部九州の広範な地域から出土しており、弥生時代の交易があったことがわかる、貴重...
  • 金隈遺跡
  • 092-503-5484(金隈遺跡展示館)
    福岡市博多区金隈字観音浦、字日浦

    弥生時代の墓地で、当時の人々の墓の様子がよくわかります。北部九州地方の弥生時
    代の特徴的な墓制である、甕棺墓(かめんぼ)とよばれる墓が数多く出土
    していて、武器やアクセサリーなども一緒に展示しています。昭和43年、農作業中に
    発見され、昭和47年に国の史跡の指定を受けました。長年にわたり、
    一般集落...
  • 三筑遺跡
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    福岡市博多区三筑一丁目

    弥生から古墳、鎌倉時代までの水田遺構が見られる遺跡。古墳時代の水路・水田の水路は特に保存状態がよい。設けられた複数の井堰の位置関係から、小区画水田への水がかりが把握されたところでもある。またここでは木製鉾も出土し、水田祭祀との関連があるものと考えられている。現在、三筑中学校の校門に説明板が建てら...
  • 四箇遺跡群
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    福岡市早良区四箇田団地一帯(四箇田公園)

    縄文から、古墳時代の複合遺跡。平野内の泥炭層から漆器、マメ・ヒョウタンなどの種子が出土し、縄文時代の生産・技術に関する古代史研究に一役買った。泥炭層部分約2,200平米が、団地南側の四箇田公園として残り、遺跡説明板が建てられている。
  • 拾六町ツイジ遺跡
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    福岡市西区拾六町ツイジ

    標高5mの沖積地に位置する弥生時代初頭から中世にかけての遺跡。ここから約7000点の農耕具や建築材など、多種類の木製品が出土した。このうち発見された漆塗りの腕輪は、弥生時代はじめの工芸水準の高さを示し、古代の溝杭は水田祭祀に大きな手がかりをあたえた。また古代、中世の水田跡も確認されている。城原小学校に...
  • 田村遺跡群
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    福岡市早良区田村2〜4丁目

    免遺跡の南方約1km、田村団地を中心に広がる縄文から中世にかけての複合遺跡。縄文時代の包含層、弥生時代の集落・墓地・水利施設、古代末〜中世の大集落跡が確認されている。とくに古代末〜中世の集落の変遷は、条里に沿った大溝の検出などとあわせて、この時代の早良平野の開発状況を知る手がかりに大きな影響をあた...
  • 唐原遺跡
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    福岡市東区唐原2丁目

    香椎干潟に面する、砂丘上にある集落跡。弥生時代後期から古墳時代前期にかけてのものとされている。80基以上の竪穴住居跡、120基の土坑、300基を越す炉跡が発掘された。炉跡はその数の多さから日常生活用の炉以外に、製塩、土器焼成、海産物加工に使われたと考えられている。ほかに弥生時代の箱式石棺墓や、6世紀代の...
  • 那珂遺跡
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    福岡市博多区那珂6丁目316・317

    福岡平野の中央部にある遺跡。縄文時代晩期末の二重の環濠集落が見つかっている。環濠は5m間隔で平行して走っていて、平面形は長径160m、短径140mの円形になると考えられている。外側の濠は断面V字形で、幅5m、深さ1.8m。内側の濠は断面逆台形で、幅2m、深さ 1m。濠内から夜臼式土器や石器が出土した。板付・有...
  • 那珂君休遺跡
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    福岡市博多区那珂(弥生小学校)

    弥生時代から中世の水田遺跡。弥生時代後期の巨大な井堰や、古墳時代の地形に沿った小区画水田、中世の大区画水田の跡などが確認されている。特に古墳時代の水田は遣存状況がきわめて良く、また弥生時代の井堰からは農具など大量の木製品が出土した。弥生小学校の校庭に説明板が建っている。
  • 斜ヶ浦瓦窯跡
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    福岡市西区生の松原4丁目

    斜ヶ浦池の北湖畔にある平安時代の瓦窯跡群。昭和27年に3基の瓦窯跡が発見され、昭和47年にはそのうちの1基を調査。また最近の調査であわせて8基の瓦窯が確認されている。これまで「警」「警固」「伊貴作瓦」銘の瓦が出土していて、鴻臚館出土の瓦との類似性があるものと見られている。下山門西公園に整備され、説明板...
  • 野方遺跡(野方遺跡展示館)
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    福岡市西区野方5-11-25(野方遺跡展示館)

    弥生時代後期から古墳時代にかけての集落跡。国指定史跡。弥生時代には大小2つの環濠集落が営まれ、古墳時代に300基以上の住居が造られたとされている。墓地は住居から離れ、箱式石棺墓や木棺墓が1ヶ所にまとまっているのも特徴。石棺墓の中から中国製の鏡(獣帯鏡・内行花文鏡)、玉、太刀、管玉、ガラス玉などが出土...
  • 能古焼古窯跡
  • 092-883-2887
    福岡市西区能古522-2

    昭和63年に発掘調査された能古焼は、江戸時代中後期にわずか20年間操業された藩窯。そのため「幻の能古焼」と言われているとか。焚口部と焼成室7室からなる8室構造の連房式登窯で、九州最大規模の窯跡だ。壁体内には_や窯道具が塗り込められ、修復が繰り返されたことがうかがわれる。一つの窯から有田焼系の磁器片、高...
  • 野多目遺跡群
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    福岡市南区野多目(野多目中央公園)

    国立九州ガンセンターから野多目大池の周辺にある遺跡群のひとつ。昭和54年から発掘調査が始まり、先土器時代の包含層、縄文時代の貯蔵穴・落とし穴、同終末の水田関係遺構、弥生時代の住居・貯蔵穴や墓地、古墳時代の住居・墳墓、古代から中世の集落などが確認された。現在、縄文時代貯蔵穴が検出された地点は野多目中...
  • 博多遺跡群
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    福岡市博多区JR博多駅前一帯

    JR博多駅北側の南北1.6km、東西0.8kmにひろがる遺跡群。弥生時代以来2000年に及ぶ「博多」の歴史の跡がこの地下に埋蔵されている。100回を越える発掘調査では、中国産をはじめ膨大な量の輸入陶磁器が出土。博多が古代から中世にかけて国際貿易の拠点であったことが明らかになった。博多駅地下祇園方面連絡口の「博多区...
  • 筥崎遺跡
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    福岡市東区箱崎1丁目18

    筥崎宮を中心としたJR鹿児島本線西側一帯に位置する古砂丘上に営まれた遺跡群。古墳時代にはここですでに集落が営まれ、11世紀末から15世紀に遺跡の最盛期をむかえたとされている。大量に出土した中国陶磁器から、筥崎宮が対外交易に深く関与していたことを示した。粕屋総合庁舎一階ロビーには、昭和61年の発掘調査で...
  • 原遺跡群
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    福岡市早良区原6〜8丁目

    原四ッ角南側の標高6〜7mの微高地上に広がる遺跡群。弥生時代から中世にかけての集落、および水田跡だ。弥生時代初期から平安時代にいたる水田跡などのほか、弥生時代の集落、甕棺墓地(うち1基には鉄矛副葬)、古墳時代の集落、中世の集落が確認されている。飯原小学校の発掘調査では、遺跡群東端を流れる稲築川の旧...
  • 比恵遺跡群
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    福岡市博多区博多駅南4丁目

    弥生時代から室町時代いたる複合遺跡。米作りが始まった弥生時代前期に人が定着したと考えられている。甕棺墓地、墳丘墓が営まれ、後期には環溝集落も出現。古墳時代後期には、大型の掘立柱建物群や高床式倉庫群が造営され、建物の規模や配置から、『日本書紀』記載の那津官家に関わりがあるとして注目されている。「比...
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